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既存事業から新規事業を生む「両利きの経営」入門——知の深化と探索を両立させる方法

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こんな人に読んでほしい

  • ▸既存事業の先行きに不安があり、新規事業も育てたい経営者
  • ▸新規事業に取り組みたいが、既存事業がおろそかになるのが怖い方
  • ▸「両利きの経営」という言葉を聞くが、実践方法が分からない方
  • ▸限られた人員で、守りと攻めを両立させたい中小企業

既存事業だけに頼っていては、いずれ市場の変化に取り残されます。かといって、新規事業ばかりに目を向ければ、足元が崩れます。この「守り」と「攻め」を両立させる経営を体系化したのが「両利きの経営」です。本記事では、経営学の研究知見を踏まえつつ、中小企業が明日から実践できる形に落とし込んで解説します。

両利きの経営とは何か

両利きの経営とは、「既存事業の強化」と「新規事業の立ち上げ」を両立させる経営のことです。既存事業の強化を「知の深化(Exploitation)」、新規事業の探索を「知の探索(Exploration)」と呼びます。この2つの概念は、経営学者ジェームズ・マーチが1991年に発表した論文を起点に、世界中の研究者が議論を積み重ねてきたものです。

右手で既存事業を深め、左手で新しい事業を探る——両方の手を使えることから「両利き」と名付けられました。どちらか一方では、企業は長期的に成長できません。深化だけでは変化に対応できず、探索だけでは足元が固まらない。この両立が、持続的な成長の鍵です。

「理屈は分かるが、本当に業績につながるのか」と思うかもしれません。この点については、Junni氏らが2013年に行った研究が一つの手がかりになります。彼らは過去の69本の調査データをまとめて分析し(複数の研究結果を統合して傾向を見る「メタ分析」という手法)、両利きの度合いが高い企業ほど業績が良くなる傾向があることを示しました。深化と探索の両立は、精神論ではなく、成果と結びついた経営の型なのです。

「知の深化」と「知の探索」——正反対の2つの活動

この2つは、求められる思考も進め方も正反対です。両者の性格を対比すると、なぜ同じ物差しで測ってはいけないのかが見えてきます。

本質

深化は「ばらつきの減少」。決まったやり方を磨き、ムラをなくすこと。探索は「ばらつきの増大」。あえて幅を広げ、思いがけない組み合わせを試すこと。

目的

深化は効率と収益の追求。探索は新しい領域の発見。深化は「今ある金脈を掘り切る」、探索は「次の金脈を探す」活動だと考えると分かりやすい。

活動

深化は改善・標準化・規律。探索は実験・リスクテイク・発見。深化が「失敗を減らす」発想なら、探索は「失敗から学ぶ」発想。

指標

深化はROI(投資に対する利益)や品質。探索は「検証済みの学び」やピボット(方向転換)の的確さ。同じKPIで測ると探索は必ず見劣りする。

時間軸

深化は短期で成果が出る。探索は長期でしか実らない。今期の数字を守るのが深化、数年後の柱を仕込むのが探索。

組織構造

深化は機械的・官僚的な組織(ルールと役割が明確)が向く。探索は柔軟・自律・疎結合な組織、いわゆる「出島」が向く。

ここで押さえたいのは、深化と探索は「優劣」ではなく「別物」だということです。片方の物差しでもう片方を測ると、必ず不当な評価が起きます。だからこそ、両立には意識的な設計が必要なのです。

なぜ両立が難しいのか——「成功の罠」

多くの企業が両利きを実現できないのは、「深化」が「探索」を圧迫してしまうからです。既存事業は売上があり、評価もされやすい。一方、新規事業はすぐ成果が出ず、不確実です。放っておくと、人もお金も「確実な既存事業」に流れ、新規事業は後回しにされます。「忙しいから新規事業は来年」が続き、いつまでも探索が進みません。

この現象は「サクセストラップ(成功の罠)」と呼ばれます。既存事業で成功した会社ほど、効率を最大化し、リスクを排除する文化ができあがります。すると、既存のやり方に合わない新しいアイデアに対して、組織が「免疫反応」を起こすのです。「うちのやり方と違う」「そんなの儲かるのか」という声で、芽が出る前に潰してしまう。皮肉なことに、過去の成功そのものが、次の一手を邪魔する足かせになります。

「これは大企業の話だ」と思われがちですが、実は逆です。中小企業こそ、限られた人員とお金を目の前の売上に集中せざるを得ず、成功の罠に陥りやすい。社長の頭の中でさえ、「確実に稼げる既存の仕事」が「まだ形にならない新しい試み」を無意識に押しのけてしまうのです。

見落とされがちな2つの落とし穴

両利きに挑む会社が、知らずに踏み抜く落とし穴が2つあります。どちらも「一見、合理的な判断」の顔をしてやってきます。

結合組織(つなぐ仕組み)の欠如

新規事業を別チームに「分離」するところまでは多くの会社がやる。しかし、既存事業の資産(顧客・技術・信用)を新規事業が使えるようにする「つなぎの仕組み」を設計しないと、切り離された探索チームは孤立し、干からびて消える。分けるだけでは足りず、必要なときに本体とつなぐ設計が要る。

コンピテンシー・トラップ(一律評価の罠)

全社を同じ財務基準で評価すると、「赤字の新規事業の予算を削り、確実に利益が出る既存事業に資源を回す」という判断が、数字の上では常に正しく見えてしまう。この“合理的な誤判断”を避けるには、すぐには回収を求めない「忍耐強いお金」を新規事業専用に確保しておく必要がある。

両利きを支える組織設計の3つの柱

深化と探索を同じ組織で両立させるには、次の3つが土台になります。

  1. 1.構造的な分離:効率を追う深化のチームと、実験を許す探索のチームを、物理的・制度的に分ける。同じ部屋・同じルールに置くと、必ず深化の論理が探索を飲み込む。
  2. 2.経営トップによる統合:分けたままでは孤立するため、経営トップ自身が「接着剤」になり、両者の戦略の整合を能動的に管理する。素材メーカーのAGC(旧・旭硝子)では、CEO・CFO・CTOが「One Team」として関わり、既存と新規のかじ取りを一体で行った例が知られています。
  3. 3.高次のビジョンで文化を共存させる:「会社として何を目指すのか」という上位の物語を全社で共有し、既存も新規も「その実現のための両輪だ」と位置づける。AGCが掲げた「第二の創業」のような共有の物語が、対立を協力に変えます。

この3つ以外にも、進め方のバリエーションがあります。個人に判断を委ねる「文脈的両利き」と、時期で切り替える「時間的両利き」です。

文脈的両利き(個人が使い分ける)

一人ひとりに、深化と探索の両方を行う裁量を与える形。Googleが業務時間の2割を自由なテーマに使ってよいとした「20%ルール」が有名。組織を分けられない少人数の中小企業に向く。

時間的両利き(時期で切り替える)

「まず深化」「次に探索」とフェーズを交互に回す形。ただし変化の速い時代(VUCA)では、切り替えの判断が遅れ、環境変化に取り残されるリスクがある。

大きな別会社を作れない中小企業では、社内に小さな「出島(別チーム)」を一つ設けつつ、キーパーソンには文脈的両利きで両方を担ってもらう——という組み合わせが現実的なことが多いです。

経営者に求められる「一貫して矛盾する」振る舞い

両利きの成否は、最終的に経営者の姿勢にかかっています。放っておけば探索は圧迫されるため、経営者が意識的に「探索に資源を割く」と決めなければなりません。研究者たちは、両利きを機能させるリーダーの振る舞いを次のように整理しています。

  1. 1.心に訴える戦略的な抱負を掲げる:「なぜこの会社は変わろうとするのか」を、社員の腹に落ちる言葉で語る。
  2. 2.緊張が生まれる「場所」を定義する:深化と探索がぶつかる境界を曖昧にせず、どこで衝突を引き受けるかを決める。
  3. 3.対立に正面から向き合う:既存部門と新規部門の資源の奪い合いから逃げず、経営者自身が裁く。
  4. 4.「一貫して矛盾する」実践をする:既存事業と新規事業とで、関わり方も評価基準もあえて変える。全社一律にしない一貫性こそが公平になる。
  5. 5.時間の使い方を意図的に分ける:既存事業の業績検討会と、新規事業の学びのレビュー会を、別の会議として持つ。

中小企業の社長にとって、最も実践しやすいのは5番目です。同じ会議で既存の数字と新規の進捗を並べると、必ず数字の大きい既存の話に時間を取られます。「今日は既存の業績」「別の日に新規事業の学び」と会議そのものを分けるだけで、探索に向き合う時間を守れます。

市場参入の設計から初期営業まで、事業の立ち上げに伴走します。

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KPIを分ける——非交渉事項として

両利きを絵に描いた餅で終わらせないために、最も具体的で効く一手が「評価基準を分ける」ことです。ここは妥協してはいけない、いわば譲れないルールです。

深化ユニットのKPI

売上成長率・営業利益率・ROIといった財務指標。「どれだけ効率よく稼いだか」を測る。既存事業はこれで評価してよい。

探索ユニットのKPI

「検証済みの学び」(何が分かったか)・実験の数・顧客インタビューの件数・節目の達成度・方向転換の的確さ。まだ売上のない段階を、財務ではなく“学びの進み具合”で測る。

ここを曖昧にして「新規事業も今期いくら売れ」と迫った瞬間、探索チームは目先の売上を追い始め、本来やるべき検証をやめてしまいます。売上が立つ前の事業は、財務ではなく「学びの量」で評価する。この一線を守れるかどうかが、経営者の覚悟の見せどころです。

中小企業のための実装ステップ

理論を自社に落とし込むための、3つのステップを紹介します。

ステップ1:戦略的診断(自社を4象限で見える化)

まず「市場(既存か新規か)」×「組織能力(既存か新規か)」の2軸で、自社の事業を4つのマスに並べます。既存市場×既存能力は今の主力(深化の領域)、新規市場×新規能力は一番遠い挑戦(本格的な探索)です。自社の事業がどこに偏っているかを見える化すると、「攻めが足りない」のか「土台が危うい」のかが一目で分かります。

ステップ2:探索ユニット(出島)の設計チェックリスト

小さくても、探索チームを立ち上げるときは次の6要素が揃っているかを確認します。欠けると、チームは高い確率で消えます。

  • ▸憲章:このチームは何を検証するために存在するのか、という明文化された使命
  • ▸起業家型のリーダー:管理型ではなく、自ら仮説を立てて動けるリーダー
  • ▸独立した「忍耐強い資金」:既存事業の予算とは切り離した、すぐに回収を求めないお金
  • ▸専任チーム:片手間の兼務ではなく、この事業に責任を持つメンバー
  • ▸文化的に分離できる「場所」:既存の空気に飲まれないための物理的・心理的な距離
  • ▸経営トップへ直接つながる報告ライン:中間管理職で握りつぶされない、社長直轄の線

ステップ3:推進とスケール(早すぎる統合を避ける)

探索が芽を出したら、段階的にリソースを増やして育てます。ここでの鉄則は「早すぎる統合を避ける」こと。まだ弱い新規事業を、早々に既存事業へ組み込むと、本体の“免疫反応”に飲み込まれて壊れます。IBMは新しい事業をトップが直轄で保護し、育ってから徐々に本体とつないでいく仕組みを持っていたことで知られています。中小企業でも、「社長が盾になって守る期間」を意図的に設けることが、探索を生き残らせる鍵です。

生死を分けた事例——第三者の経営から学ぶ

ここで紹介するのは、いずれも世界的に知られる第三者の経営事例です。両利きの成否が、企業の生死を分けた実例として参考になります。

転換に成功した会社

  • ▸AGC(旧・旭硝子):自社を「ガラスの会社」ではなく「素材の会社」へとパーパス(存在意義)を再定義し、CEO・CFO・CTOの三位一体でかじを取った例として知られています。
  • ▸富士フイルム:写真フィルムで培ったコア技術を「化学とナノテクノロジーの会社」と再定義し、化粧品やヘルスケアへ大きく事業を広げた転換例として有名です。
  • ▸Amazon:本業の小売とは構造的に分離してAWS(クラウド事業)を立ち上げ、一つの事業に一人の責任者を置く運営や、顧客起点で企画を逆算する「ワーキング・バックワード」の手法で知られています。
  • ▸IBM:新規事業をトップ直轄で保護し、段階的にリソースを投入して育てる仕組みで、探索をスケールさせた例として語られます。

転換に失敗した会社

  • ▸コダック:1975年に世界で初めてデジタルカメラを発明していながら、稼ぎ頭のフィルム事業を守るために自らその芽を潰し、構造的な分離を怠った——結果として自社を葬った失敗例として、繰り返し引用されます。
  • ▸ブロックバスター:店舗でのレンタルという既存事業のレンズを通してNetflixを眺めたために、その破壊的な可能性を見誤ったとされます。

富士フイルムとコダックは、同じ写真フィルム業界にいながら明暗が分かれました。分けたのは、コア技術の定義(何の会社かの捉え方)、社内のインセンティブ、リーダーシップ、そして組織設計です。片方は自らを再定義して新領域へ踏み出し、もう片方は既存事業を守ることを優先した——この差が、その後の生死を分けたのです。会社の規模の大小に関わらず、「自社を何の会社と定義するか」は、中小企業の社長にとっても重い問いです。

中小企業が明日からできる3つのこと

大企業の事例に圧倒される必要はありません。要点を、限られた人員の会社でも動ける形にすると、次の3つになります。

  1. 1.小さく「出島」を一つ作る:別会社でなくてよい。既存業務のルールと評価から切り離した、2〜3人の小さな検証チームを社長直轄で置く。
  2. 2.経営者自身が深化と探索の時間を分ける:既存の業績を見る日と、新規事業の学びを見る日を、カレンダー上で物理的に分ける。同じ会議に混ぜない。
  3. 3.新規事業を財務で測らない期間を決める:最初の数か月〜1年は、売上ではなく「顧客に何人話を聞き、何が分かったか」で進捗を測る。回収を急がない“忍耐のお金”を先に決めておく。

覚悟すべきは「移行期の一時的な混乱」

最後に、正直に伝えておきたいことがあります。両利きへの移行には、一時的な混乱と、短期的な業績の落ち込みがつきものです。既存の効率を少し犠牲にして探索にお金と人を割くのですから、当然です。この“谷”を「失敗」と誤解して引き返してしまうと、せっかくの探索は実る前に終わります。

両利きの経営とは、特定の組織図をコピーすることではありません。環境の変化に合わせて、絶えず自らのやり方を壊し、人とお金を組み替え続ける「動き続ける力」そのものです。完成形はなく、更新し続けるプロセスだと捉えるのが正確です。中小企業にとっては、身軽さこそが最大の武器になります。

YME Technologyの新規事業支援について

YME Technologyでは、既存事業を活かした新規事業の立ち上げを支援しています。両利きの経営の設計、探索に資源を割く仕組みづくり、既存と新規の橋渡し、共通ビジョンの言語化まで、守りと攻めの両立を一緒に進めます。

「既存事業の先行きが不安」「新規事業を育てたいが既存も守りたい」という方は、まず初回45分の無料相談で、自社の両立の課題を整理しましょう。

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蛭田 佳人(Yoshito Hiruta)

代表 / YME Technology

新卒からIT業界でエンタープライズセールスに従事し、大手企業向けの営業支援・DX推進を経験。現在は独立し、AI活用・営業プロセス改善・集客の仕組みづくりを一貫して支援。

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