中小企業DXの業務棚卸し|何から始めるかを決める方法
目次
はじめに
中小企業のDXで最初にやるべきことは、ツール選びではなく「業務の棚卸し」です。どの業務に、どれだけ時間がかかり、どこで困っているのかを一覧にして初めて、何から手を付けるべきかが決まります。
「DXを進めたいが、何から始めればいいか分からない」という相談は少なくありません。展示会で見たツールや、知人の会社が入れたシステムを検討してみたものの、自社のどの業務がどう変わるのかが見えず、話が止まってしまう。こうした停滞の多くは、検討の順番が逆になっていることが原因です。
本記事では、DXの担当者がいない中小企業の経営者や管理部門の責任者に向けて、業務棚卸しの具体的な進め方を解説します。棚卸し表の7項目、経理・営業・問い合わせ対応の記入例、優先順位を決める採点表、最初の90日の進め方まで、そのまま社内で使える形でまとめました。
DXの全体像(4段階の進め方、推進体制、補助金)は「中小企業のDXの進め方」で扱っています。本記事はそのうち、最初の段階である「現状把握と優先順位づけ」に絞って詳しく説明します。
中小企業のDXが「何から始めるか」で止まる理由
DXの検討が止まる理由は、大きく三つあります。
1つ目は、困りごとが言葉になっていないことです。「忙しい」「人が足りない」という実感はあっても、どの業務のどの作業に時間を取られているのかまでは整理されていません。困りごとがぼんやりしたままでは、どんな道具が役に立つかも判断できません。
2つ目は、業務が人ごとに違うことです。同じ請求書の発行でも、担当者によって手順や使うファイルが異なることがあります。誰か一人に聞いただけでは実態が分からず、改善策を考えても「うちの部署は違う」と反対が出ます。
3つ目は、比べる基準がないことです。改善したい業務の候補が複数あっても、どれを先にやるべきかを決める物差しがありません。結局、声の大きい人の意見や、営業を受けたツールの話に引っ張られます。
業務の棚卸しは、この三つをまとめて解消するための作業です。困りごとを業務単位で言葉にし、人ごとの違いを表に並べ、同じ物差しで比べられるようにします。
業務棚卸しで確認する7項目
棚卸しは、表計算ソフトの一枚の表で始められます。1行に1つの業務を書き、次の7項目を埋めていきます。
業務名
書く内容:何をする業務か / 書き方のコツ:「経理」のような部署名ではなく「請求書の発行」のように動詞で書く
担当
書く内容:誰が行っているか / 書き方のコツ:個人名と、代わりにできる人がいるかを書く
頻度
書く内容:どのくらいの間隔で発生するか / 書き方のコツ:毎日・毎週・月末など。月の回数に直すと比べやすい
所要時間
書く内容:1回あたり何分かかるか / 書き方のコツ:正確でなくてよい。担当者の体感で「だいたい」を書く
入力情報
書く内容:何を見て作業するか / 書き方のコツ:紙の注文書、メール、別のシステムの画面など
出力情報
書く内容:作業の結果、何ができるか / 書き方のコツ:請求書、顧客への返信、社内への報告など
困りごと
書く内容:何に時間がかかり、どこで間違えるか / 書き方のコツ:「転記が多い」「確認待ちで止まる」など具体的に
ポイントは、完璧な数字を求めないことです。所要時間を正確に測ろうとすると、それだけで数週間かかります。最初は担当者の体感で十分です。重要な業務だけ、後から実際に時間を測ります。
もう一つのポイントは、担当者本人に書いてもらうことです。管理職が想像で埋めた表は、現場の実態とずれます。担当者に15分ほど時間をもらい、一緒に埋めるのが確実です。
経理・営業・問い合わせ対応の記入例
ここでは、従業員30名ほどの卸売業を想定した架空の例を示します。実際の棚卸しでは、1部署あたり10〜20行ほどになることが多いですが、ここでは代表的な1行ずつを取り上げます。
例1:経理「請求書の発行」
業務名
月末の請求書の発行
担当
経理担当Aさん(代わりにできる人はいない)
頻度
月1回(月末の3日間)
所要時間
1回あたり約12時間
入力情報
販売管理システムの出荷データ、取引先ごとの値引き条件を書いた表計算ファイル
出力情報
取引先約80社分の請求書(PDFと郵送)
困りごと
値引き条件を手で反映しており、毎月数件の修正が出る。Aさんが休むと月末の請求が止まる
この例で分かるのは、時間の長さ以上に「Aさんしかできない」ことが会社にとってのリスクだという点です。棚卸し表に「代わりにできる人」の欄を設けておくと、こうした属人化が見えるようになります。
例2:営業「見積書の作成」
業務名
見積書の作成
担当
営業担当5名がそれぞれ作成
頻度
1人あたり週5件ほど
所要時間
1件あたり約40分
入力情報
顧客からのメール、過去の見積書、仕入れ先の価格表
出力情報
見積書(表計算ソフトで作成しPDF化)
困りごと
過去の見積書を探すのに時間がかかる。担当者ごとに書式や値引きの判断が違う
営業部門の棚卸しでは、同じ業務を複数人が行っていることが多くあります。1件あたりの時間は短くても、人数と件数をかけると大きな時間になります。この例では、5名×週5件×40分で、週に約17時間が見積書づくりに使われています。
例3:問い合わせ対応「電話・メールでの在庫確認」
業務名
取引先からの在庫・納期の問い合わせ対応
担当
営業事務2名
頻度
1日あたり15件ほど
所要時間
1件あたり約10分
入力情報
電話・メール、在庫管理システム、倉庫への確認電話
出力情報
取引先への回答
困りごと
在庫管理システムの数字と実際の在庫がずれることがあり、倉庫に電話で確認している。その間、電話を保留にしている
この例では、問い合わせ対応そのものより、在庫データの正確さが本当の課題です。問い合わせ対応にAIチャットを入れても、元のデータがずれていれば間違った回答をしてしまいます。棚卸しをすると、このように「見えている困りごと」の奥にある原因に気づけることがあります。
担当者への聞き取りの進め方
棚卸し表を埋めるときは、担当者1人あたり15分ほどの聞き取りを行います。次の順番で聞くと、短い時間でも実態が見えてきます。
- 1.1日・1週間・1か月の仕事の流れを聞く:「朝出社してから、まず何をしますか」「月末だけ発生する仕事はありますか」と、時間の流れに沿って聞く
- 2.時間がかかる作業を聞く:「この中で、一番時間を取られているのはどれですか」
- 3.困っている作業を聞く:「間違いが起きやすい作業や、やり直しが多い作業はありますか」
- 4.代わりがいるかを聞く:「この作業を、あなた以外にできる人はいますか」
- 5.やめたい作業を聞く:「もし一つやめられるとしたら、どの作業をやめたいですか」
最後の質問は、担当者が本当に困っていることを引き出すのに役立ちます。聞き取りの目的は、担当者の仕事ぶりを評価することではありません。最初にそのことをはっきり伝えると、率直に話してもらいやすくなります。
部署ごとに確認したい点
経理・総務
同じ情報を複数の場所に入力していないか。月末・年度末に作業が集中していないか
営業
見積書や提案書を毎回一から作っていないか。顧客情報が個人の手元に散らばっていないか
問い合わせ対応
同じ質問に何度も答えていないか。回答のために他部署へ確認する手間がかかっていないか
製造・物流
紙の指示書や手書きの記録を、後でパソコンに入力し直していないか
優先順位を決める採点表
棚卸し表ができたら、改善する業務の順番を決めます。「時間がかかっている業務から」と考えがちですが、それだけで選ぶと失敗します。時間がかかる業務ほど、仕組みが複雑で、改善が難しいことが多いからです。
次の6つの観点で、それぞれ1〜3点で採点します。
効果
3点:月10時間以上の削減、またはミスが大きく減る / 2点:月数時間の削減 / 1点:効果がはっきりしない
緊急性
3点:担当者の退職・休職で止まる危険がある / 2点:困ってはいるが当面は回る / 1点:急ぐ理由がない
実現性
3点:手持ちのツールや安価なサービスで試せる / 2点:新しいツールの導入が必要 / 1点:基幹システムの改修が必要
データの状態
3点:必要な情報がデジタルで揃っている / 2点:一部が紙や個人のファイルにある / 1点:ほとんどが紙・口頭
安全性
3点:個人情報や取引条件を扱わない / 2点:社内情報を扱う / 1点:個人情報・機密情報を大量に扱う
現場の負担
3点:担当者の作業がすぐ楽になる / 2点:慣れるまで一時的に負担が増える / 1点:現場の手順を大きく変える必要がある
合計点が高い業務から取り組みます。ただし、最初の1件は「実現性」と「現場の負担」が3点の業務から選ぶのがおすすめです。最初の取り組みで成果が見えると、社内の協力が得やすくなります。反対に、最初に大きな業務へ挑んで失敗すると、「DXはうちには合わない」という空気ができてしまいます。
先ほどの3つの例を採点すると、次のようになります。
請求書の発行
効果:3 / 緊急性:3 / 実現性:2 / データ:3 / 安全性:2 / 負担:2 / 合計:15
見積書の作成
効果:3 / 緊急性:2 / 実現性:3 / データ:2 / 安全性:2 / 負担:3 / 合計:15
在庫の問い合わせ対応
効果:2 / 緊急性:2 / 実現性:1 / データ:1 / 安全性:3 / 負担:2 / 合計:11
請求書と見積書が同点です。この場合、最初の1件には実現性と負担が高い「見積書の作成」を選び、過去の見積書の検索と書式の統一から始めます。請求書は、値引き条件の整理という準備が必要なため、2件目に回します。在庫の問い合わせ対応は、在庫データの正確さを先に直す必要があるため、今は手を付けません。
採点はあくまで話し合いの材料です。点数の差が小さいときは、経営者が判断して構いません。大切なのは、「なぜこの業務から始めるのか」を社内に説明できることです。
「すぐ改善」「準備して改善」「今は触らない」の3分類
採点が終わったら、すべての業務を次の3つに分けます。
- ▸すぐ改善:手持ちのツールや設定の変更、手順の統一だけで改善できる業務。今月から着手する
- ▸準備して改善:データの整理、ルールの決定、ツールの選定などが先に必要な業務。準備の担当者と期限を決める
- ▸今は触らない:効果が小さい、または前提条件が整っていない業務。半年後に見直す
3つ目の「今は触らない」をはっきり決めることが大切です。改善候補がすべて「いつかやる」のまま残っていると、担当者は何を優先すべきか迷います。やらないことを決めると、やることに集中できます。
現場に定着するAI導入・業務効率化を伴走支援します。
AI活用支援を見る最初の30日・60日・90日の進め方
棚卸しから最初の成果までは、90日を一区切りにすると進めやすくなります。
最初の30日:棚卸しと優先順位づけ
- ▸部署ごとに担当者と15分ずつ面談し、棚卸し表を埋める
- ▸採点表で優先順位をつけ、3分類する
- ▸「すぐ改善」の中から最初の1件を選び、何がどう変われば成功かを決める
この段階で決める「成功の基準」は、例えば「見積書1件あたりの作成時間を40分から20分にする」のように、数字で確かめられる形にします。
31〜60日:最初の1件を小さく試す
- ▸1人か1チームだけで新しいやり方を試す
- ▸週に1回、担当者から「楽になったこと」「困ったこと」を聞く
- ▸所要時間を実際に測り、成功の基準と比べる
全員に一斉に広げないことが大切です。小さく試すと、問題が起きても影響が小さく、やり方を直しやすくなります。
61〜90日:振り返りと次の1件
- ▸成功の基準を満たしたかを確認し、続ける・直す・やめるを決める
- ▸続ける場合は、手順を文書にして他の担当者へ広げる
- ▸「準備して改善」の業務の中から、次に取り組む業務を決める
90日たった時点で棚卸し表を見直します。業務の中身は時間とともに変わるため、棚卸しは一度で終わりではありません。半年に一度ほど更新すると、次の改善候補が見つけやすくなります。
ツール導入の前に決める責任者と運用ルール
改善のためにツールを導入する場合は、導入の前に次の3点を決めておきます。
- 1.業務の責任者:新しいやり方で困ったときに、誰が判断するか。ツールの管理者ではなく、業務の責任者を決める
- 2.入力のルール:誰が、いつ、どの情報を入力するか。入力する人によって書き方が違うと、後でデータが使えなくなる
- 3.やめる基準:どうなったら元のやり方に戻すか。戻る基準があると、現場も安心して試せる
特に3つ目は見落とされがちです。「導入したからには使わなければ」という空気ができると、合わないツールを無理に使い続けることになります。試してみて合わなければやめる、という判断も、DXを進めるうえで大切な判断です。
業務棚卸しでよくある失敗
失敗1:全社で一斉に棚卸しをしようとする
全部署の全業務を一度に棚卸ししようとすると、表を埋めるだけで数か月かかり、その間に熱が冷めます。まずは困りごとが大きい1〜2部署から始め、そこで最初の成果を出してから広げる方が確実です。
失敗2:現場に確認せずに表を作る
管理職だけで棚卸し表を作ると、実際の作業とずれます。表に書かれていない「ついでにやっている作業」や「例外的な処理」が、実は時間を取っていることが多いからです。必ず担当者本人に聞きます。
失敗3:効果を測らずに次へ進む
最初の1件を試したあと、効果を測らずに次の業務へ進むと、何がうまくいったのか分からなくなります。また、社内に成果を説明できないため、次の取り組みへの協力も得にくくなります。
DX推進全体でつまずきやすい点は「DX推進はなぜ失敗するのか」で詳しく解説しています。
業務棚卸し表の使い方
棚卸し表は、作って終わりにせず、次の場面で使います。
- ▸改善の優先順位を決める会議:採点表と一緒に使い、なぜその業務から始めるかを説明する
- ▸ツールの比較:候補のツールが、棚卸し表のどの困りごとを解決するかを確かめる
- ▸支援会社への相談:自社の状況を短時間で伝えられる。初回の相談がそれだけ具体的になる
- ▸人の異動や退職への備え:誰がどの業務を担っているかが見えるため、引き継ぎの準備に使える
経理・総務の業務から始める場合の具体的な進め方は「経理・総務から始めるバックオフィスDXの進め方」も参考にしてください。
業務棚卸しについてよくある質問
どのくらいの期間がかかりますか
1〜2部署に絞れば、聞き取りと表の作成で2〜3週間が目安です。全社で一度に行おうとすると時間がかかるため、困りごとが大きい部署から始めます。
社員に「仕事を減らされる」と不安に思われませんか
不安に思われることはあります。棚卸しの目的は、人を減らすことではなく、時間のかかる作業や間違いやすい作業を減らして、本来の仕事に時間を使えるようにすることだと、最初に説明します。実際に楽になった例が一つ出ると、協力が得やすくなります。
表計算ソフト以外の道具は必要ですか
最初は必要ありません。表計算ソフトや共有の文書で十分です。棚卸しの結果、業務管理の道具が必要だと分かった段階で検討します。
まとめ
- ▸中小企業のDXは、ツール選びではなく業務の棚卸しから始める
- ▸棚卸し表は「業務名・担当・頻度・所要時間・入力情報・出力情報・困りごと」の7項目で、担当者本人と一緒に埋める
- ▸優先順位は、時間の長さだけでなく、実現性・データの状態・安全性・現場の負担も含めて採点する
- ▸最初の1件は、実現性が高く現場の負担が小さい業務から選ぶ
- ▸すべての業務を「すぐ改善」「準備して改善」「今は触らない」に分け、やらないことも決める
- ▸90日を一区切りに、小さく試し、効果を測り、次の1件へ進む
YME Technologyでは、業務の棚卸しから優先順位づけ、最初の改善の試行、現場への定着までを、社内の担当者と一緒に進めています。何から始めるかを整理したい場合は、AI活用・業務オペレーション改善をご覧ください。
蛭田 佳人(Yoshito Hiruta)
代表 / YME Technology
新卒からIT業界でエンタープライズセールスに従事し、大手企業向けの営業支援・DX推進を経験。現在は独立し、AI活用・営業プロセス改善・集客の仕組みづくりを一貫して支援。
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